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ひび割れホワイトボード

サハーにおける真人間となるために四苦八苦しているプシュケー的主体はゲデの導きによりその構造領域を集合的無意識まで遡りアストラル光を媒体にSurfaceを通じて宇宙と繋がり内なる自己との対話を繰り返す無限の虚無を表記し続けるただの社会復帰日記

今年も無事生き延びられますように、という占い

日記 易経

 帰郷を終えて、自分の家に帰ってくると、ホントにここに住んでいたのだろうかという錯覚に襲われる。他人の家に入るような感覚だ。帰郷して実家に入る時も同じことを感じる。まあ、実家は引っ越したので私がそこに住んでいた事実は無いのだけど。本来なら、どこか自分の帰る場所というのがあった方が落ち着くはずだが、すっかり根無し草になってしまったなと思わざるをえない。仕事はまだ少し頭がボケているが、まあどうとでもなるだろう。どうだっていい。7桁8桁の金が動こうが、計画が何十日も遅れようが、そんなことより自分のほうが大切だ。

 


 思えば去年もまた自分を取り戻す1年だった。随分と時間を使ってしまった。得たものより失った物の方が多かったと思う。なんと人生を浪費したことか。ただ、損ばかりではないし、そこで得られたものはとても大切なことだった。なのでそれは大事にしたい。僕らは人間なのだから、人間らしく生きていいし自分らしく生きていい、らしい。この人生は明日核攻撃でも受けないとまだ終わらなそうなので、それなら自分らしく生きる方が満足すると思う。なので今年も自分らしく生きられますように、生き延びられますように、贅沢を言えば楽になりますように、とお祈りした。

 

 健常者というのは良いものだとつくづく感じる。トラックが走る車道を見て飛び出すことなど考えなくて良い。安定して6時間以上眠ることが出来る。足し算や引き算だって出来る。文字だって読める。最近ちょっと疲れたな等というどうでもいいことを考えることが出来る。世界が綺麗だと感じる。

 

 さて、ちょうど今、Amazonプライムビデオで「高い城の男」のドラマ版を見ている。第2次大戦に勝利した日本とドイツが支配するアメリカの話。内容について、今はどうでもよい。原作の小説もとても好きなので、非常に楽しんでいる。小説では易経が重要なキーとなって出て来る。ドラマ版でも少しだけ出て来る。私はこれが地味に好きで、迷ったときにや先がわからないときに易経をやると結構面白い。気休めみたいなものだ。一応、易経は占いであって学問だそうだ。タロットも一応同じはず。先を当てているのか自分がその方向に踏み出したのか、鶏卵の循環のようなものだが、コインを振るより理由付けになる。今回は今年も自分らしく生きられるかについて、易を引いた。


本卦
水火既済
卦辞
小さな願い事は叶う。ただし、正しい道を守り続けた場合のみ利を得られる。初めは吉だが終わりは乱れる。
爻辞
川を渡ろうとする車の車輪を後ろへ引き戻して前進を阻む。川を渡ろうとする狐が尾を水に濡らし進み渋っている。慎重であれば問題ない。

之卦
水山蹇
卦辞
西南に行くのは良いが、東北に行くのは良くない。賢者に相談し、正道を固守することによって、結果は吉となる。
爻辞
進めば困難に遭うが退いて時を待てば誉れを受ける。

 うん、よくわからんね(^ν^)いつも本卦の卦辞7割、爻辞3割程度で読んでいる。互卦や裏卦、賓卦も一応読むけど、本当に参考程度。何かひらめくか、頭の片隅にでもあればいいかなくらい。ただ、賓卦は相当悩ましいときにはいいかもしれない。隠されている事があるからね。之卦は未来の暗示なので必ず読む。今回の之卦は水山蹇なので、あんまり上司とバトらない方が良さそうだ。